6人の会社が先駆けて挑戦した男性育休
経営者から見た、それぞれの変化
長野県松本市内を流れる薄川のほとり、筑摩神社の傍に、サイントモミ株式会社は事務所と工房を構えています。
祖父から父、父から孫へと代々、事業承継した上原聖二さんは、2017年より代表取締役社長を務めています。
同社で初めて育児休業制度を活用したのは、男性社員でした。
かつ偶然にも2人の社員が、約1か月違いの出産予定日となり、ほぼ同時期に貴重な戦力が抜けることになります。
それは2020年のこと。
長野県内の事業所における男性の育休取得率は当時、6.1%(令和2年長野県雇用環境等実態調査)です。全国でも12.65%(令和2年度雇用均等基本調査)と、男性の育休取得がまだ少数派だった中で、同社は極めて先進的に取り組んだことがわかります。
そして5年後の2025年、2人目のお子さんを授かった男性社員が再び育休を取得します。計3回の育休に向き合った経営者・上原さんはどんな思いだったのか、実際に育児休業制度を活用した前後で社内ではどんな影響があったのか、お話を伺いました。
男性育休に踏み切ったきっかけ
まずはサイントモミがどんな会社か教えてください。
弊社は、創業70余年の看板屋です。私の祖父が創業した頃は、手書きの看板や映画看板を多く手掛けていました。当時の松本市は今より映画館が多く、入口に構える巨大な看板にポスターデザインの拡大版を手描きしていた昭和レトロの時代です。 そこから始まり現在は、店舗や社屋に取付ける看板や野立看板を中心に、看板のデザイン・製作・施工・メンテナンスまでを一貫して手がけています。
こうして改めてお聞きした上で思い出すと、まちの中はあらゆる看板に囲まれていますね。
貴社で働いている社員の方々は、どのような職種で分担されているのでしょうか。
社員は4名います。デザイナーとオペレーターが1名ずつ、そして製作施工の担当者が2名です。

6年前、どのような経緯で男性社員が育休を取得したのでしょうか。
2020年当時、とあるフォーラムで、某企業の女性役員と国会議員の男性との対談が行なわれました。その中で男性議員が『業務時間の途中で一時的に帰宅して、授乳など育児をしていた』というエピソードを聞きました。
それまで弊社では、子どもを持つ社員が私を含めいなかったため、育児と仕事を両立する働き方についてあまりイメージしたことがなかったのですが、「それなら当社でもできそうだ」と取り入れやすい印象を持ちました。 社員の自宅も職場の近隣だったので、「いずれ社員や私自身が育児と両立することになった場合には、柔軟に対応できるようにしたい」と思い、セミナー翌日の朝礼でさっそく、社員にその学びを伝えました。
「今後は、仕事をしながらでも子育てをしようと思えば、やりようはある、と知りました。機会があれば取り入れていきましょう」と。
すると、朝礼を終えた数分後でした。
社員2人が何やらこそこそと話していたかと思ったら、「社長、ちょっとお話があるんですが」と呼び止められたのです。
経営者にとって、一瞬どきっとする代表的なフレーズです(笑)どんな話だろう、と思わず身構えました。
話を聞いてみると、今まさにパートナーが妊娠しているとのことで、2人共から「育休を取得したい」と告げられました。
なんというタイミング!まさかの急展開ですね。
そうなんです。さすがに早すぎる展開で驚きましたが(笑)直観的に「来た!」と思いました。
個人的な経験則から「これはトライする機会だ」と感じたので、正直不安もあり一瞬言葉を飲み込みましたが、会社としてチャレンジすることを前提に即答で「わかりました」と答えました。
即決ですか!?
そうですね。なにせ、数分前にやろうと自分が言ってしまっていたものですから(笑)前向きに検討する返事をして、具体的な方法は後から考えようと思いました。
すぐさま会長である父にも相談しました。父も、二つ返事で「それは是非やろう」と共感してくれました。
お父様も即答ですか?
そうですね。私の両親は自営業だったので、仕事と家庭が一つの敷地内で同居しているようなもので物理的にも心理的にも隣り合わせの環境で僕ら4兄弟を育ててくれました。子育てへの父親の関わりが家庭にどのように影響するか、会長(父)も身をもって知っていたのだと思います。 会長はすぐに顧問の専門家に相談して、活用できる補助金制度や労務に関するアドバイスを受けていました。
私自身はまだ結婚も子どもを持つ経験もないのですが、社員の大切な節目は絶対に大事にしたいと、かねてより強く思っていました。そこから「社員が子育てや介護にベストを尽くせる環境を作る」という会長(父)との共通認識が生まれ、小さい会社で何もかもが潤沢とはいかない職場だからこそ、福利厚生は出来る限り充実させ、それを弊社の個性(強み)としていこうと決めました。

いざ、育休期間に突入
準備はかなり早く進んだのですね。
はい。2人の希望を聞いた上で、取得期間はそれぞれ30日間となりました。
実際、それぞれの出産がほぼ1か月違いとなったので、会社としては計2か月間、社員1人が不在にしている状態でした。その間、不在の1人分の業務を私がメインで担い、社員とも連携を密に取り、乗り切ろうと考えていました。
上原さんが代替してカバーされたんですね。
大半は私が埋めましたが、社員も普段の仕事にプラスアルファ頑張ってくれたと思います。また、一部外注の職人さんに依頼したり工夫もしました。
とにかく2か月間はあっという間で…。バタバタとした毎日を繰り返し、気付いたら土日が来て、そんなことを8、9繰り返したらもう2か月経っていました。

それほど大変だったということでしょうか。
大変じゃなかったといえば嘘になりますが、それを感じる隙もなかったですね(笑)
正直に話すと、私も自分と育休社員の2人分の業務を同時並行しなくてはいけないので、実際この期間は対応スピードが落ち、あまり受注できないため売り上げは落ちました。
でも、社員の大事な人生の節目ですからね、長い目で見ればわずかな期間です。うちのような会社で日々働いてくれているって、当たり前ではなくて本当にありがたいことなんですよ。だからこそ私としても社員の人生や幸せを大切にしたい。日頃なかなか言葉にすることがないですが(笑)
そして、戻ってきた社員は以前よりも働くモチベーションが上がっていました。
働き方に変化が見られたのですか?
気持ちの変化を直接聞いたわけではないですが、私から見るとすごくよく働いてくれるようになったと感じました。これは思わぬ効果で、彼らの頑張りを見ると2か月間の大変さはさほどのことでもなかったなと…、「トライしてみて良かった」と報われる気持ちがしました。
また私としても、以前より社員とコミュニケーションが取りやすくなりました。

上原さんにも変化が。なぜでしょうか。
育休に入る前にオープンに会話したことで、相手への理解が深まりました。パートナーは里帰りするのかどうかや、育児といっても具体的に何をするのかなど、共有してもらえたことで家庭の事情は様々なのだと分かりました。
家庭の状況を知ると同時に、社員の価値観も改めて知るきっかけになりました。
そうしたやり取りを経て、育休から戻ってきてまた働き出したとき、以前より人柄やバックグラウンドの理解が進んでいたので、お互い色んなことが言いやすくなったんです。
お互いの新たな側面を知るきっかけにもなったのですね。
育休前後を通して、他の社員の方々はどう感じていたのでしょうか。
この育休期間より前に、介護や体調不良で多かれ少なかれ誰かが休むことがありました。しかし、育休は初めての試みで他の社員が不安を感じる部分もあったようですが、始まってみると「おかげ様・お互い様」の空気が自然と流れているのを感じました。
「みんなで補い合いましょう。だって、いつか自分に起こることかもしれないし」と、社員同士が自然とそうした意識を持ってくれています。みんながそんな職場にしてくれていることに感謝です。

3回目の育休と、それぞれの変化
2人の社員が続けて育休を取得した時から5年が経ち、2025年の夏ー。 そのうち一方の家庭で、2人目のお子さんが誕生することになり、その社員から45日間の育休取得の申し出を受けたそうです。
前回より休業期間が15日間伸びたんですね。どのような経緯で決まったのでしょうか?
その社員から「45日間取りたい」と明確な相談がありました。上のお子さんの育児やご家族の体調を鑑みての日数とのことです。 彼は仕事においても、いつも綿密にスケジュールを組み立ててきちんと取り組むタイプなんです。日頃の姿勢とも重なり、その彼が言うなら、必要で意味のある45日間なのだろうと信頼を置いて受け入れることができました。

上原さんとその社員の理解が深まっているのが伝わってきます。 前回と比べて何か違いはありましたか?
それが、取得することについては意外とお互いあっさりしていましたね。やはり1回目があったので、お互いなんとなく分かっているところがありましたし、社員同士の関係性も良好でしたので、「おかげ様・お互い様」の精神で何とかなるだろうと簡単に考えていました。ただ、いざ始まってみると初回と違ったのは季節ですね。猛暑の炎天下に現場に出て、毎日のように自分と育休社員の分を働き続けるのはかなり消耗しましたし、私の余裕の無さが会社全体に伝播してしまって社員にも負担をかけてしまった部分がありました。
ただ、マイナス面はそのくらいで、あとはプラスの面ばかりだったかなと思います。
どのようなことがプラスでしたか?
簡単にいうと、私自身の振り返りと改善につながったことと、その意識の変化を再び社内に吹き込めたことです。
丁度この頃、私の頭に良く浮かんできていた言葉が二つあり、一つが「恩返し」、もう一つが「心から」という言葉です。
昨年まで松本青年会議所に9年間所属し、会社を不在にする時間が多くあり、その間社員が仕事をカバーし支えてくれていました。
「おかげ様・お互い様」の精神が、どことなく社員間のみで成立していて、私自身が甘えた状態のままになっていたんです。
だからこそ3回目の育休は「恩返し」の場にできたらと考えていました。
また、男性社員の育休を実践した会社が語るエピソードとして「育休を実践した結果 = 『働くモチベーションが上がった』『会社へのエンゲージメントが高まった』、だから、育休やってよかったよ」とするのは、企業イメージ向上の道具のようでなんだか薄っぺらいし、違和感を覚えるようになっていました。
薄っぺらい、ですか。
はい(笑)初めての育休取得からこれまでの5年間の中で、経営者仲間から『実際どうだった?』と聞かれることが度々ありました。素直に「働きぶりが上がったよ」と答えたりしていたのですが、社員が育休を取得することがこれで3回目となり、私自身も生活が変化して成長したい時期だったことも重なり、この経験をどう捉えればいいのか、何か次のステージにつながるヒントがあるのではないかと、新しい答えを探していました。
その答えが、今年に入って自身と向き合う中で、「心から」という言葉を大切にし、自分らしさの軸に据えることだったんです。
なので、3回目の育休は「心からやりたいこと」であり「心からの恩返し」なんです。

今後、実際にそのシチュエーションになるかは分かりませんが、社員が産休+育休を取る機会があれば、それもチャレンジしたいと考えています。
つい先日、女性社員と面談をした際、話の文脈から彼女はいつか妊娠したら、業務に支障が出て社内に迷惑がかかるから退職したほうがいいと思っている節が感じられました。これまでだったら、ハラスメントになってはいけないと少々過敏になり、なかなか伝えられなかった事柄でしたが、男性社員とのコミュニケーションがきっかけとなり、また私の心からの気持ちとして、結婚や出産など環境の変化が生じた場合、男性の育休同様にあらゆる手を尽くし働き続けられる環境を作りたいと伝えることができました。彼女は驚いていましたが、今のうちにお互いの考えを共有できてよかったと思いました。
私としては、「おかげ様・お互い様」の精神に「心から」を加え、これからは会社のアイデンティティにもしていきたいと思います。
プライベートやライフステージについては、どう触れていいのか悩む方も多いですよね。 会社としてのスタンスを伝えたことで、将来的な働き方を考える余裕も生まれますね。
産休+育休となると、期間も長期化しますしね。私も多少調べたりしていて、県外の工務店さんで実施されていた「カンガルー出勤(子連れ出勤)」については実際にヒアリングさせてもらいました。職種によってはリモートワークも出来ますし。 いざその時が来たら、当社としてまた新しいチャレンジになります。社員の希望を聞いた上で試行錯誤します。

さすがです!
振り返ると、現場に出続けた45日間は初心に帰る機会だったのかもしれません。ポジティブに考えると、私自身がバージョンアップする試練だったと思えます。 今日の取材を通して、こうして言語化する機会をいただけたこともまた貴重ですね。3回トライしたからこそ、5年前と違う表現が出来るようになったことを嬉しく思います。自分も周囲も変わってきているのだと実感しました。
こちらこそ、貴重なお話を伺えて感謝しています。きっと誰かのヒントになると思います。
最近、弊社のロゴを変えたんです。過去のロゴを刷新して今の会社に合った表現に切り替えたいと思い、デザイナーの方に入っていただきコンセプトから見直しました。特徴としては、看板をイメージさせるデザインを無くし、自身や会社の在り方にフォーカスさせました。
新しいロゴは、アナログ時計の時針・分針・秒針を模しています。これらの針はお客様や仲間、チームに関わる人たちのそれぞれの意思や物事の折り重なりを表しています。針が異なるスピードで動くように、それぞれの異なる意見があっていいと思っています。
そしてロゴ上には見えないのですが、これらの針の中心に垂直に鋲(びょう)を差すことで、それぞれの針がくるくると回れるようになり、一つの時計として初めて時刻を示すことができる、色んな表現ができることを表しています。この鋲が軸であり、自分の役割だと思っています。
「SIGN」という言葉は「看板」という意味だけでなく、方向や道を指し示すガイドとしての意味・機能を持っています。
そんな会社を目指すためにも、先ずは、私自身が好循環の連鎖を起こす起点になりたいと思っています。

素敵です!その言葉と、これまでの姿勢がリンクしていますね。
まずは自分が愛を持って伝える。自分らしい表現をした上で、それに共感を持ってくれる大事な仲間をこちらもとことん大事にしたい。おかげ様もお互い様も、まず私が率先してその姿勢を示す。その気持ちはぶれないと確信しました。
自分にとっていいトレーニングだったと改めて思います。こうして発信して、もし誰かのヒントになるなら、なお、育休にチャレンジしてよかったと思います。
おわりに
「社員の人生を大事にしたい」というシンプルで温かく揺らぎのない思いから、採算度外視で社員の育休に踏み切った上原さん。 振り返ってお話しいただくと、そこから見えてきたのは育休取得の前後でゆるやかに縮まった社員たちとの距離感でした。対話により社員の価値観を新たに知ることになったり、別の社員との面談でそれまで触れるべきでないと思い込んでいた話を相手を大切に思うからこそ表現できたり。それはまさに上原さん自身の変化が起こした周囲へのやさしい影響でした。
取材の終盤で上原さんから「こんなにじっくり話を聞いてもらえる機会がなかったので、報われる思いがします。」と言っていただきました。 一般的には両立する当事者にスポットが当たりがちですが、支える立場の方にも一言では表せないストーリーがあるとtomodomoは考えます。
上原さんは今後、機会があれば長期休業をどう乗り越えるかや生産性を落とさずに走り抜ける方法はないか挑戦したいと話します。既に挑戦した経験を持つ同社は、独自の方法を編み出せる強さが育まれていることでしょう。tomodomoも引き続き応援したいと心から思います。
#経営者 #松本市 #中小企業 #パパ育休
- Writer
- 臼井あかね
- Photographer
- Yuzuki Jiashan