家族全員が「ありたい姿」を実現できるように応援し合う
リスペクトを込めたエールの交換
「ワーク・ライフ・バランス」や「両立」という言葉が、育児をしながら働く私達にとって理想的な状態の決まり文句のように使われます。ところが、ある女性起業家がこんなことを語っていました。
「両立という言葉がピンとこない」
「両立」が仕事と育児とを二項対立の天秤にかけるニュアンスであれば、私達の生活はそんな単純なものではありません。人生はもっと複雑で、多くの要素が絡み合っています。育児、キャリア、住まい、地域活動、自己実現、そして、これらは夫婦がそれぞれ別々に抱えているものもあり、家族の人数分だけその複雑さは増し、解くべき方程式は多様化します。
今回お話を伺った梅田実生子さんと夫の三枝大祐さんは、長野県塩尻市に移住し、北小野地区という自然豊かな環境の中で、子ども2人を含む4人家族で暮らしています。梅田さんはフルリモートの会社員に加えてコーチングの資格を取得、三枝さんは個人事業主として4つ5つの仕事を並行するパラレルワーカー。お二人の働き方と生き方はとても自律的で、4人家族のなかでどうやって最適解を導いているのか、インタビューを始める前の「問い」でした。
一見不可能にも思える夫婦共働きの生活を可能にしているのは、既存の性別役割分担(ジェンダーロール)をアップデートしてきた経験と、長い時間で培われた信頼と尊重の上に成り立つ夫婦のパートナーシップです。
お二人の生き方は、何かを得るために何かを犠牲にする選択ではなく、家族全員が可能性を閉じない方法を実践している一つの実例です。
塩尻市に暮らす4人家族の家は、まるで「公民館」
長野県の中心部に位置する塩尻市は近年、官民連携によるイノベーション創出に積極的な自治体として全国でも知られ、特にシビック・イノベーション拠点スナバ(以下「スナバ」)の存在が有名です。2018年に開設されたスナバは、「生きたいまちを、共に創る」というビジョンを実現するために、「シビック・イノベーションの中心地」として、シビック・イノベーターを増やす環境創りを行なっています。

三枝大祐さんは、塩尻市役所の職員時代にこのスナバの立ち上げと運営に深く関与し、そのコンセプト設計からコミュニティマネジメントまでを主導されています。梅田実生子さんも、移住後のキャリア形成において、ここでのコミュニティを通じて地域との接点を持ち、自身のキャリアを展開されています。
今回のインタビューは、お二人の活動の拠点ともいえるこのスナバにお邪魔し、お話を伺いました。

ご家族の構成を教えてください。
梅田実生子(以下「梅田」):5歳の長女と1歳10か月の次女、そして夫の三枝とわたしの4人家族です。夫婦共働きで、子どもたちは保育園に通わせています。
お住まいは塩尻市の南東に位置する北小野(きたおの)ですね。豊かな里山風景を残す集落と聞きます。北小野での生活は”あえて”ですか?
三枝大祐(以下「三枝」):2017年に自分が単身で塩尻市に移住し、当初は駅近くのアパートに一人で住んでいました。その後に梅田が合流し、長女の妊娠が発覚した時点で北小野に住むことを決意しました。きっかけは北小野にある「霧訪山(きりとうやま)」からの光景でしたね。霧訪山に登って、山頂から降りてきた時に見た北小野の集落の風景が良すぎて、「ここで子育てがしたいな」って直感的に思ったんです。
その直感は、現実となった今でも当たっていますか?
三枝:バチバチにハマってますね(笑)。 塩尻市全体に自然は多いけど、市街地では気軽に自然に触れる機会が少なくて、せっかく長野に住んでいるのにこれでは意味がないと。で、ちょうどいいタイミングで見つかった北小野の古民家に住み始めました。
梅田:子育ての環境も良くて。保育園は一クラスが10人前後なんですよ、どの学年も。小規模だからこそ生まれる「縦の繋がり」も魅力の一つです。年長とか年中とか関係なく、保育園の子どもたち全員の名前がわかるような規模で、地域の方に見守られながら子どもたちは育っています。
ご家庭では、お二人の役割分担みたいなものはありますか?
三枝: 明確なルールというよりは、それぞれの得意不得意や生活リズムに合わせて、自然と役割ができていますね。でも洗濯は自分がしています。
梅田: こだわりがあるよね(笑)。酔っぱらっている時でも、なんか最後は必ず洗濯機を回してるし。料理については、どっちもかな。その日の気分や状況で柔軟に対応しています。
三枝: お互い月に数回、東京や地方へ出張があるので、どちらかが家にいない時は、いる方が担当するというスタイルです。
柔軟な分担のためには夫婦間のコミュ二ケーションが必須だと思いますが、お二人で話す時間は意識的に確保されていますか?
梅田: 意識的にはしていないですね。二人でというより、うちで、みんなで飲みながら話すことが結構多いですね。うちが「公民館」的な場所なんですよ。
公民館?
梅田:常に人が集まる場所なんです。年末には遠方から友人が泊りに来たり、近所の人たちが飲みに来たりと、今年の正月も元旦から宴会でした(笑)。
三枝: だから、「二人で過ごしたのはいつだった?」と思うほど、夫婦二人きりの時間は少ないですね。たま〜に夜、奇跡的に二人で起きている時にだらだら喋るぐらいです。
梅田:奇跡的にね(笑)。

意外です…。でも、お二人の付き合いは長そうですね。
三枝:そうですね。同じ京都の大学で、応援団という同じ部活で出会いました。
応援団?梅田さんも?
三枝:梅田は応援団のチアリーダー部で、そこも体育会系の雰囲気でした。応援しているチームが試合に負ければ、「気合と笑顔が足りない」という理不尽な理由で、団員でもあるチア部もダッシュをさせられてました(笑)。
梅田:ダッシュしたし、上級生に上がったら下級生にさせてたしね(笑)。
二人が歩んできた、曲がりくねったキャリアの話
お二人は共通してオープンな性格であり、飾らず、とても自然体で話されます。そしてお互いを、梅田さんは「三枝」と、三枝さんは「梅田」と苗字で呼び合います。大学の部活動時代の呼び方が継続されているだけと話されますが、お二人を見ていると単純な夫婦以上の、もう少し特別なつながりを感じます。それが何なのか、お二人の話を伺いながら探っていきます。
お二人それぞれの、これまでのキャリアを教えてください。
三枝:自分は複雑だから、先に梅田からどうぞ(笑)。
梅田:わたしは福井県に生まれて、大学を経て環境省に入省しました。最初の配属は霞が関の本省でかなりの激務でした。その後、長野市戸隠地区の現場事務所へ異動になって、ここでの仕事は楽しかった思い出です。
梅田:長野市にいるときに三枝と結婚しました。当時は別居暮らしだったんですけど。
三枝:最初は「新婚早々ちょっと別居中で」というのがネタだった(笑)。
梅田:再び東京の本省に戻ったんですけど、いろいろ疲れて、結局辞めました。将来のキャリアアップに対して希望が持てなかった感じで、遅かれ早かれ辞めるだろうなって。当時すでに塩尻に移住していた三枝と生活して、自分のキャリアをゆっくり考えようという思いで、2019年の春に塩尻に移住しました。
梅田:移住後は会計事務所に勤めました。長女が生まれ、育休を経て復帰したけど、その頃からモヤモヤし始めて。保育園に子どもを預けて働くからには、自分が心からやりたい、楽しいと思える仕事をしたいと思うように…。それと毎日、家と保育園と職場の3か所でしか自分の世界がないように感じて、もっと広い世界を望んでもいました。
三枝:梅田がキャリアを中断してから、「やりたいこと」が言葉にならない状態があったよね。
梅田:それで、約1年間の転職活動を経て、現在の会社に転職しました。内定をもらったタイミングで次女の妊娠が判明したんですけど、快く受け入れてもらえました。
梅田:転職活動で重視したのはフルリモートで働けることでした。「ずっとスナバで働きたい」みたいなことがあって。なんだろうな、ひとつの場所だとやっぱりその会社の価値観とか人間関係に染まってしまうけど、このスナバには本当にいろんな人がいるので、刺激を受けながら働けると思ったんです。

今は、コーチングもされていると伺いました。
梅田: コーチングは、「二人の娘のために」という想いで始めたのが理由です。それと、塩尻に移住してくる女性たちがキャリアを中断して来ているケースが多いことにも気づき、「もっと彼女たちが自分らしく仕事を探すとか、そういうお手伝いがしたい」という想いが募りました。
梅田:「それってどうしたらできるんだろう」と考えて、「コーチングかもしれない、じゃあ、やってみよう」って。コーチングは本業とは違うライフワークですが、自分の娘や友人の生き方に関心が向いた結果、たどり着いた生き方っていう感じです。

三枝さんの「複雑」なキャリアを教えてください。
三枝: そんなに複雑じゃないけど。
梅田:今は複雑(笑)。
三枝:自分は福岡出身で、新卒で入社した会社で自動車ガラスの営業を5年間担当し、その間、名古屋を拠点に大阪との出張を繰り返したり、広島に転勤したこともありました。
三枝:そこを退職して、2017年に塩尻市役所に入って、地方創生推進課や官民連携推進課でスナバのプロジェクトなどに携わりました。その後、一般財団法人塩尻市振興公社に出向し、スナバに加えて、インキュベーションプラザの運営や製造業支援などを担当してきました。
三枝:で、2025年3月に市役所を退職して、現在は個人事業主として複数のプロジェクトに携わっています。
新卒で入った会社を退職して塩尻市に移住した理由は。
三枝:裁量とやりがいのある仕事だったけど、「ライフワークとしたい仕事ってなんだろう」という問いが芽生え、興味関心のある仕事をしたいと考えだした。それが「自然」や「地域」といったものにアンカーがある気がして地方自治体という選択肢にたどり着きました。
三枝: その頃は今のほど地域系の仕事は多くなくて。そんな中、塩尻市役所は割と尖ったことを当時からやっていて、ここなら働いて面白いかなと思って入庁しました。
三枝: 塩尻市役所に入ってからは、他の市職員と二人で共同創業して、地域特産のナイアガラぶどうを使ったビールの企画販売事業に取り組んだり、長野県立大学大学院でソーシャル・イノベーション研究科に通ってMBAを取得したことも、エピソードに挟まります。

大学院とは、また、すごい決断ですね。
三枝:上の子が1歳になるタイミングで梅田に相談して。
梅田:あれは相談だったのか…。行くと決めてからの報告だったような。
三枝:現在は個人事業主として4つ、スナバの運営業務、塩尻の二地域居住の推進プロジェクト、三重県尾鷲市で自然再生・森林再生に関わる事業と、地元建設会社の新規事業の協力を行ってます。
梅田:ビール事業もだから5つ。

アンコンシャスバイアスに気づく、挑む
梅田さんは東京の霞が関と地方の勤務を経て、今はフルリモートワークとコーチングを両立。三枝さんは大企業から行政へ、そして独立して、今はいくつもの草鞋を履くパラレルキャリアを実践。お二人とも自分で仕事を選び自律されています。
忘れてならないのは、それぞれのキャリアを育児をしながら実践されていることです。塩尻市に移住してきたお二人。実家はそれぞれ県外であり、頼れる親族が近くにいない中での子育ては苦労も多いと想像します。二人はキャリアをこなしながら、どのようにして育児に向き合っているのでしょうか。
2020年に第一子を出産されました。新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミックと同時期で、当時の苦労は想像に難くありません。
梅田:めちゃめちゃコロナ禍でした。まさに孤独でしたね(笑)。外出もできず、テレビやSNSは不安な情報ばかり。「もし感染したらどうしよう」「お腹の子に影響はないか」と、精神的にかなり追い詰められていました。
梅田:そんな時でも三枝は変わらずで、「データを見れば高齢者以外は重症化していない」「リスクはインフルエンザと同じレベルだ」と言って。不安で共感を求めているわたしに対して正論で返してくる。さらに「じゃあ一、家から出るなと言うのか!」と逆ギレに近い態度を取られたこともありました。
三枝:あったね、そんなこと(笑)。
でも、欲しい言葉は正論ではなかった。
梅田:わたしは目の前のことにいっぱいいっぱいになったり、追われていたりすると視野が狭くなるときがあって、三枝の言葉で自分を取り戻すことがよくあるので。これまでも、そういうバランスのとり方は何度もしてきました。
三枝:なんか、梅田の感覚がちょっとおかしくなってるなとは思った。だから、言いたいことは分かるが、俺のスタンスとしてそれはできないし、普段の梅田と違ってるなと思ってガッと言った(笑)。
第一子は梅田さんが育休をとり、三枝さんは仕事をしながらのサポートでした。世間一般的な夫婦の役割分担ですね。
三枝:当時はコロナで在宅ワークが増えていたので、家で梅田のサポートがしやすかったという判断はあったけど、今思えば、育児について夫婦間の役割はちゃんと考えていなかったと思います。「育児は産んだ側の女性がやるもの」「夫は仕事が当たり前」という無意識の了解が、お互いの中にあったかもしれない。
2024年の3月に第二子が誕生したとき、今度は、三枝さんも育休を取りました。
三枝:第一子の時に梅田が育休を選択したのは、本当に彼女と自分の意志による選択だったのか?という疑問がありました。「女性が育休をとり、男性が働く」という社会的な「当たり前」が自分たちの中にも刷り込まれていて、そのアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)に従っただけで、自分の判断が介在していなかったのではないかと。
三枝:そのころ通っていた大学院で、ソーシャル・イノベーションについて学ぶ中で、このアンコンシャス・バイアスを認知する機会がありました。自分自身がそのバイアスに抗ってみたい、男性である自分が育休を取ることで何が見えるのかを知りたい、という実験的な動機もありました。
梅田:わたしも長女の育休明けの頃からジェンダーギャップとか、アンコンシャス・バイアスにアンテナが立ち始めていました。「女性が名字を変える」「女性が育休を取る」とか、それって当たり前なのかな、と疑問に思うことが増えてきたタイミングでした。
三枝さんは育休を取って、どうでしたか?
三枝:自分は言語にるコミュニケーションが得意と認識しているけど、新生児は言葉が通用しない。泣き止まない子供に対して「なぜオムツも替えてミルクもやったのに泣き止まないんだ」と、長女の時には妻に怒りを募らせたりしたこともありましたが、育休中は自分が主担当なので逃げ場がない。。
三枝:つらかったのは、「社会的な無価値感」です。仕事をしていないから社会とのつながりがない。育児で家にいることが多く、人と話したり社会との接続がないため、社会や仕事を通してつながっていた他者から必要とされない存在になった気がして…。どんどん精神的に落ち込んでいきました。
梅田:さみしそうだったかな。
三枝:でも、育休をとって良かったのは、純粋に世の中の母親がすごいと思い知り得たこと。合理性や効率とは違った、育児という行為そのものが持つ尊さを学ぶことが出来ました。あと、長女と仲良くなったこと。

パートナーシップの土台は互いの尊敬
仲の良い夫婦に映る二人ですが、当たり前のように価値観や感性は異なります。文字にはできない大きな喧嘩や事件が何度もあったと伺いました。そんな二人は、子どもを夫婦で育てていく中で、共に古いOSをアップデートしてきたことが分かります。最後に、二人の関係性を成立させている要素をお聞きします。
---お二人が、パートナーとして大事にしている価値観はありますか?
梅田:子どもたちに民主主義を教える本があって、そのなかで「最上位の目標みたいなものを合意することが民主主義なんだ」みたいなことが書かれていたんです。それを読んだときに、「家族が民主主義の一番小さい単位だな」って自分では思って。
梅田:「わたしたちの最上位の目標ってなんだろう」って考えた時に、「みんながありたい姿を実現できる」とか、「お互いが応援し合う」みたいなところが理想の状態なのかな、みたいなことを考えて三枝に話しました。覚えてない?
三枝:うん。覚えてない(笑)。
三枝:でも、もっと前にその前提ができているような感覚があって。結婚の決め手は何かという話をしていた時に、相手と一緒にいられる条件は、「ずっとリスペクトできるかどうか」っていうのが大きいなっていうところで腹落ちして。
三枝:そのリスペクトできる要素は何かっていうと、「お互いに刺激を与えられるようなチャレンジとか成長みたいなものっていうのができてる状態なんじゃないか」っていうのを喋った記憶がある。
三枝:みんながありたい姿を実現できる、お互いが応援しあうっていうのは、この二人であっても子どもであっても共通の地盤として持っている気がする。

その価値観があるからこそ、二人とも自律したキャリアを選択できているんですね。
三枝:長女が生まれて、家・保育園・職場の限られた世界で梅田がモヤモヤしていたとき、一方で、やりたいことをやっていた自分に対して梅田が「好きなことやれていいよね(怒)」と言われたことがあったけど、「じゃあ、やりたいことがあるなら言葉にして、やったらいいだろ!」と本気で思って梅田に言った。多分、梅田自身が育児をやらなきゃいけないって視野が狭くなって、やりたいことを思い浮かぶ余裕もなかった状況だったと思う。
その時のことを、梅田さんは覚えていますか?
梅田:覚えていますね。三枝が第二子の時に育休をとってくれて、わたし自身は、「母親だからこうあるべき」という思い込みがほぐれた気がします。第一子の時は「わたしがやらなければ」と抱え込んでいました。三枝が育児をしてくれた分、自分も生きたいように生きていい、と背中を押してもらえた感じはあります。
梅田:それに、三枝が学び続けていることに、多分わたし自身は影響されているかな。その後コーチングを学ぼうと思ったきっかけにもなりました。「順番にチャレンジしないと、やりたいことの実現は無理かも。次はわたしだよ」と言って、実際にコーチングの勉強をさせてもらいました。

梅田さんは三枝さんのキャリアについて、どう感じていますか?
梅田:三枝のキャリアについて関して言うと、なんだろうな、楽しく働ければいいんじゃないかと思ってます。どこでもやっていけるだろうし、器用さと、実行力とコミュニケーション力があって、そういうところはすごいなって、尊敬しています。
梅田:別にいっぱい稼いでほしいとか、そんなになくて。住宅ローンが払えて、子どもたちが食べていければそれでいいかなと。
三枝:保険料も(笑)。
反対に三枝さんは、梅田さんのキャリアについて、どう感じていますか?
三枝:同じで、楽しく働ければいいし、やりがいを感じて成長してっていうモチベーションが高くあれば、いいんじゃねって気がします。
三枝:モヤモヤしていた時期が多かったのを横で見ていたから、なおさら。楽しくなければ「辞めりゃいいじゃん」とか言っていたし。
最後に、子どもたちに対して思っていることを教えてください。
三枝:自分自身と社会や地域の可能性を最大限信じて育っていけるような地域にしていきたいというのがベースとしてあって、でも、自分自身の可能性を閉じたりとか、自分の手で地域とか社会を変えられるという実感を薄めてしまっている要素が地域にはある気がする。そういったバイアスを無くして、こういう地域で育った自分だからこそいろんなことができると、思ってもらいたい。
梅田:自分で自分のことを決めて育ってほしいなって思います。選択肢はなるべく大人とか周りの環境から与えてあげればいいけど、自分の選択に責任をもって、自分で自己決定しながら生きていってほしいなっていうのはあります。

おわりに
共働き夫婦の悩みとしてありがちなのは、夫婦ともに仕事や学びにチャレンジしたいと思っても、子どもが小さいうちは、どう考えても物理的に破綻するという状況です。フルリモートや個人事業主といった比較的時間に捉われない働き方を実現している梅田さんと三枝さんの話を、「いや、この夫婦だからできたことでしょ」と特別に感じることもできます。
たしかに、働き方や家族の置かれた環境、周りのコミュニティなど、すべてを同じように再現することはできません。
ですが、「みんながありたい姿を実現できるように応援し合う」を家族の大切な目標に掲げる価値観と、その前提にある「リスペクトをもって対話し続ける」姿勢は、家族の数だけ解き方が異なる方程式においても、大事なヒントになり得ると思います。梅田さんと三枝さんは「学び」を順番に行いましたが、ほかの方法もあり得るかもしれません。
夫婦といえでも価値観や感性が異なるのは当たり前で、この違いを尊敬できるからこそ、共通した未来を見据え、それを成立させるための分担や行動がとれるのだと、お二人から教えてもらいました。